微分される関係性 - 『ユリイカ - 腐女子マンガ大系』

NHK中学生日記」などでも取り上げられ最近、注目度上昇中の「腐女子」を巡って色んな人が語ってる本。
攻め」「受け」「やおい穴」「リバ」など、冒頭の対談からディープな腐女子世界のキーワードが何の注釈もなしにぶっちゃけた感じで頻発し、面食らう。しかしここまでぶっちゃけて話されてると腐女子話と言えども清々しいものがあり、読んでいて面白い。
この清々しさは上野千鶴子指摘しているようにかつての「負け犬」と似たものがある。「私は負け犬ですが、何か?」と相手の侮蔑を先回りに反転し、無害化する、という言説戦略である点で両者は共通している。*1
攻め」と「受け」は分かるにしても「リバ」、「リバーシブル」がよく分からなかった。思ってる以上に奥深い世界のようである。彼女たちの欲望は僕たちの想像を超えるものがある。
対談の中で出てきた「微分」という表現が興味深かった。

金田「『西洋骨董洋菓子店』の同人誌ってないんですよね。もともとミニマムに恋愛模様や心情に特化してそれを微分するように描かれているものを、さらにどうやって微分したらいいのか?結局同じものを描くことになってしまう。……一方で少年マンガとか青年マンガは全然微分されていない。生の素材があるだけですから、それを調理する楽しみがあるんです。」*2

斎藤環はオタクとやおいを比較する中で、男女の欲望の非対称性、男性は「所有」を欲望し、女性は「関係」を欲望することを見出している。
金田の発言からもこのテーゼを確認できる。彼女たちの欲望、ないし妄想の対象は「関係」に向かっている。つまり「微分」とは、「生の素材(エレメント)」からその「関係」の「契機(モーメント)」を発見し、切り取っていく作業だと言える。男性同士の関係が描かれるのは、女性の主体がモーメントの定点としてフィクションの世界から消去されるため、とも言える。
攻め」と「受け」はその基本となるモーメントであり、「リバ」「ヘタレ攻」「誘い受け」などは腐女子たちにより発見され一定の支持を与えられた「関係」のモーメントの派生物だと考えられる。

野火ノビタ伊藤剛香山リカなど他のインタビュー、論考も面白い。
「男らしさ」だとか「女らしさ」だとかそういう性とかジェンダーとかアイデンティティーを巡る問題系も「腐女子」を通して拡大して見えてくる。やおいとかBLに興味が無くてもそんな感じのことに興味がある人もなんか得るものがあるかも。
それにしてもいい表紙だわ。

ユリイカ2007年6月臨時増刊号 総特集=腐女子マンガ大系

ユリイカ2007年6月臨時増刊号 総特集=腐女子マンガ大系

*1:本書p34「腐女子とはだれか サブカルジェンダー分析のための覚え書き」

*2:p16「「攻め×受け」のめくるめく世界 男性身体の魅力を求めて」三浦しをん×金田淳子