脳科学とブッダの瞑想法―『奇跡の脳』ジル・ボルト・テイラー

日記タイトルだけで疑似科学臭を漂わせてしまった。おひさしぶりです。

昨日一気に読んでしまった『奇跡の脳』という本があまりに面白かったので紹介したいと思うよ!

奇跡の脳

奇跡の脳

著者はジル・ボルト・テイラーっていう神経解剖学者。以前このプレゼン動画でも話題になったね。


◆右脳マインド

博士は人体解剖学、神経解剖学、組織学を究めて、ハーバード医学校の神経科学部門と精神医学部門で統合失調症に関する研究をして、マックリーン病院で統合失調症患者の脳の検死解剖の権威らしいフランシーヌ・べネス博士の指導のもと、構造神経科学研究所で仕事をしていました。なんかよくわかんないけどすごい!

そんな仕事も私生活も順風満帆なテイラー博士だったんだけど、1996年の12月10日の朝、なんと脳卒中に倒れてしまうんだ。とっても優秀な脳科学者が脳卒中に見舞われるというこの稀に見る悲劇。本書は博士が脳卒中を起こした左脳に関連する様々な脳の機能を失っていく過程と、そこで博士が体験した驚くべき体験、さらにそこから8年かけて博士がどうやって左脳の機能を回復させてきたか、そこで気づいたことなどが、実際に脳卒中になった博士の「内側」の視点から詳細に描かれている。

2章の「脳卒中の朝」から最後まで一気に読んでしまうはず。左脳の機能が失われただけで、ものの感じ方がこんなにも変わってしまうのかーとすごい興味深く読めた。しかも書いてる人が脳みそについて医学的にも超詳しい博士だからね。

訳者の竹内薫も最近出した新書の鈴木光司との対談でも話してたけど(知的思考力の本質 (ソフトバンク新書))、右脳/左脳で役割分担が決まってるっていう話は僕も眉唾だと思ってた。だけど、この本読んだらもっと真剣に考えてみたくなった。

博士は脳卒中の朝、普通に考えたらパニックを起こしてもおかしくない状況の中、こんな感覚だったと語る。

(助けを求める方法に)集中しようとすればするほど、どんどん考えが逃げて行くかのようです。答えと情報を見つける代わりに、わたしは込み上げる平和の感覚に満たされていきました。わたしを細部に結びつけていた、いつものおしゃべりの代わりに、あたり一面の平穏な幸福感に包まれているような感じ…
―p27

博士はその感覚を「神の恵みのような感覚」、「悟りの感覚」、宇宙と融合して「ひとつになる」、「涅槃(ニルヴァーナ)」とまで表現します。いよいよ怪しくなって参りました(笑)。けどどうやら博士は本当にそんな風に表現せざるを得ないような感覚を体験したようなんだな。

…わたしは自分を囲んでいる三次元の現実感覚を失っていました。からだは浴室の壁で支えられていましたが、どこで自分が始まって終わっているのか、というからだの境界すらはっきりわからない。なんとも奇妙な感覚。からだが、固体ではなくて流体であるかのような感じ。まわりの空間や空気の流れに溶け込んでしまい、もう、からだと他のものの区別がつかない…
―p28

この「からだの境界がわからなくなって流体のような感じ」っていう表現は本の中でも何度も出てくる。博士の考えだとこれは右脳の意識が作り出しているものだという。

 脳卒中によってひらめいたこと
 それは、右脳の意識の中核には、心の奥深くにある、静かで豊かな感覚と直接結びつく性質が存在しているんだ、という思い。右脳は世界に対して、平和、愛、歓び、そして同情をけなげに表現し続けているのです。
―p162

テイラー博士はこのような右脳の特徴を「右脳マインド」と呼んでいる。

◆脳とヴィパッサナー瞑想

あと僕が読んでて興味深かったのは博士が脳の機能を回復していく過程で、ブッダが悟りを開いた時に最終的に拠り所にした瞑想法である、「ヴィパッサナー瞑想」に近い方法を取っているように見えたこと。
ヴィパッサナー瞑想っていうのは簡単に言えば「現在の瞬間に気づく」、すなわち今、この瞬間に自分の心と体が何を経験しているかに気づき、ありのままに観察していく瞑想法のことだ。地橋秀雄の『ブッダの瞑想法』から引用しよう。

 一瞬一瞬のありのままの事実に気づくことによって(…)諸悪の根源である妄想の世界を捨てていくのがヴィパッサナー瞑想です。妄想を離れ、色眼鏡を外して、裸眼の観察でものごとの本質を洞察していくことが心を浄らかにしていく道であり、浄らかな心で正しく生きていくならば、人は必ず幸せなよい人生を生きることができると説かれております。
―p6:地橋秀雄『ブッダの瞑想法: ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

テイラー博士も本の中で、深呼吸などをしてリラックスした状態で、味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚などの感覚刺激や運動機能を利用して「現在の瞬間」「いま、ここ」へ、安らかな右脳マインドへ戻ることができると語っている(p198-204)。これはまさにヴィパッサナー瞑想だ。もしかしたら明言されていないだけでテイラー博士もこの瞑想法のことを知ってたのかもしれない。博士の言葉を使うならヴィパッサナー瞑想とは私たちが「右脳マインド」に気づくための方法論のことだと言えるかもしれない。しかしブッダは2500年も前にそういったことに気づいてたんだからすごいよなー。

なんだか怪しげな雰囲気が漂ってきたように思う人がいるかもしれないが、このヴィパッサナー瞑想、僕自身もたまに軽くやってますが、けっこう効果あります。心を落ち着けたいときなどに重宝してる。失恋の痛みにも効果があると思うよ!(?)


この他にも色々と面白い話があるのですが、あまり書きすぎるとあれなのでここらへんで。

とても啓発的な本でした。

奇跡の脳

奇跡の脳

*参考
脳科学ブームへの警鐘を込めて。


ヴィパッサナー瞑想について知りたい方はこちらの本で。

ブッダの瞑想法: ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

ブッダの瞑想法: ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

日本人の瞑想研究者の方が日本人向けに分かりやすく書かれています。