合宿壮行会 笑いの空気 空気と予期

昨晩は山のサークルの壮行会があった。合宿に向けてがんばろうぜっていう飲み会。
ひさびさに馬鹿みたいにビール飲みまくって、しかもそのあと徹カラ行ってなんか喉がおかしくなった。

合宿のメンバー紹介のときに流れで適当にネタをやる羽目になった。
今考えたらかなり微妙なネタだったが、まぁあの状況じゃ何をやっても笑ってくれるからあれはあれでOKだと思う。
(ある先輩には軽くダメ出しされたけどね。てかなんでそんな厳しいのよ、お笑いサークルかよw!)


「大事なのはネタの面白さ=中身よりも、笑える雰囲気=空気を作ることなんだ」
ってことをどっかの誰かさんのブログで言ってたのを思い出した。そのとおりかもね。まぁ本当は両方のバランスが大事なんだけど。

内容より文脈、テクストよりコンテクスト、(会話の)中身より(場の)空気。


僕は「空気読め」とかいう言葉がひどく苦手というか嫌いなんだけど、その理由はたぶん僕が「世間」という言葉が嫌いなのに似てるんだろうな。というかこのみんなの言う「空気」というものの集合が「世間」ていうものなんだな。

本当のところ「空気」なんてものをちゃんと読めてる人はそんなにいるのかなぁ。
僕としては「空気を読む」ことよりも「空気を作る」とか「空気を読んどいてあえて外す」ことの方が重要だし、面白いと思うんだけど。「空気を読め」っていうのにはそこまで含まれているのかな。

ここまで書いて、この「空気」っていうのはルーマンの「予期」に似てると思った。

パーソンズの場合、こうした振舞いは秩序への侵犯を意味しますが、ルーマンの場合は意味しません。この違いを説明するのに最もよい例は「社交術」です。日本人は社交術を、場の期待(周囲の予期)に合致した振舞いができるか否かのレベルで考えがちです。
■ところが西欧的な社交術の本質は、私の行為が他者たちの期待に応えるかどうかではなく、私が他者たちの期待に応えうる存在であることを他者たちに示すことで、私が他者たちを受け入れる意思を持つことを示すところにあります。
連載第十回:二重の偶発性とは何か - MIYADAI.com Blog

宮台真司連載・社会学入門より。続きではナンパを例に説明されてます。

なんかただの日記のはずだったのにダラダラ書いてしまった。終わり。


(追記)うーん昨日ひさびさに体力使いすぎたせいか今日はなんもやる気がしない…。なんかDVDでもボケーと見るか。